#1 大いなるハッタリ

 1962年晩秋、24歳のあるアメリカ人が日本に降り立った。
 彼の名はフィル・ナイト。のちに世界最強のブランドの一つとなるナイキの創業経営者だ。オニツカという会社が作るシューズ「タイガー」をクールだと思っていた彼は、神戸にあるオニツカのオフィスを訪れ、役員たちに売り込みをする。
 自らの会社があるわけでもなく、ビジネスの経験もなく、ただ一つの馬鹿げたアイディアだけを持って。
 スタンフォード大MBA卒のエリートでありながら、よりによって靴のビジネスを、かつての敵国日本と始める?
 「日本のシューズをアメリカで売る」。人生を賭けた挑戦が、このとき始まった。

 「ミスター・ナイト、何という会社にお勤めですか」
 「ああ、それはですね」と言いながら、アドレナリンが体中を流れた。逃げて身を隠したい気分になった。
 私にとって世界で最も安全な場所とはどこだろう。そうだ、両親の家だ。数十年も前に裕福な、両親よりもずっと裕福な資産家が建てた家で、家の裏には使用人の家もある。そこが私のベッドルームになっていて、野球カードや、レコード、ポスター、本で埋め尽くされている。私にとって神聖なものばかりだ。陸上競技で勝ち取ったブルーリボンも壁に飾られている。人生で胸を張って自慢できるものだ。どうしよう。
 「そうだ、ブルーリボンだ」と私はつぶやいた。「みなさん、私はオレゴン州ポートランドのブルーリボン・スポーツの代表です」
 ミヤザキ氏が微笑んだ。他の重役たちも微笑んだ。テーブルでざわめきが起こった。「ブルーリボン、ブルーリボン、ブルーリボン」。彼らは腕を組んで再び静まり返り、私に視線を向けた。私は再び話し始めた。
 「みなさん、アメリカの靴市場は巨大です。まだ手つかずでもあります。もし御社が参入して、タイガーを店頭に置き、アメリカのアスリートがみんな履いているアディダスより値段を下げれば、ものすごい利益を生む可能性があります」

#2 アスリート思考 →