編集者コメント
日本の最重要論点となっているデフレについて、気鋭のエコノミストが真因を究明し、その処方箋を提示する。――いま日本をおおうデフレ現象は、主流派経済学が想定する貨幣現象としてはもはや説明がつかず、金融政策では解決できないと分析。むしろ、企業の行動パターンといったミクロ要因に原因があると解明している。具体的には、企業が事業構造の転換を図らず人件費などコスト削減を進めてきたことで、日本経済が、「低価格競争→人件費削減→低価格志向化→低価格競争……」という“負のスパイラル”に陥っているためであり、これを著者は「値下げ・賃下げの罠」と呼ぶ。
この「値下げ・賃下げの罠」を脱するためには、企業ごとの事業構造改革、国全体では産業構造の転換が喫緊の課題となっている。ミクロで見れば企業の行動様式の転換が求められているわけだが、では実際にどのような経営戦略をとっていけばいいのかを最後の章で提言している。もちろん、そうした企業の戦略転換を促進するため、前段階で、慣行・規制の改革、成長産業促進策などマクロ的な対応も求められている。具体的に政府はどのような政策をとっていけばよいか、その政策大転換のプランを詳しく示している。
また、事業構造を転換して高賃金を実現するためには、労働組合も巻きこみ、日本企業特有の人件費削減スタンスから脱却する必要がある。筆者は雇用問題に長年取り組んでおり、その立場から、雇用・賃金・人事システム改革の必要性とその具体案についても提言している。
以上本書は、ミクロ・マクロ両面からアプローチし、政府・企業・労組がデフレに対してとるべき道を包括的に示す初めての試みといえる。日本を破綻に追い込みかねない今のデフレへの緊急対応を契機にして、日本を新たな成長軌道に乗せようという筆者の思いがひしひしと伝わってくる内容になっている。現在の日本経済の実態を正確に理解するうえでも格好の1冊といえる
著者のコメント
「構造改革」の進展により、とりあえず経済再生には一定の目処が立ったものの、働き手の給料は伸びず、雇用不安も残ります。さらには中年フリーター、ワーキングプアの増加など、かつて一億層中流を誇った日本にも「階層社会」が忍び寄りつつあります。そうしたなか、これまでの構造改革路線に対する批判の声が高まり、この期に乗じた改革の骨抜きが散見され、民間企業でも経営・組織改革に対する危機感が薄れるなど、日本の将来の方向性は混迷を深めているようにみえます。
しかし、漸く長期の景気低迷を脱したいまこそ、1人口減少・高齢化、2アジア諸国のキャッチアップ等、21世紀の日本の経済社会を規定する大変化の影響が本格化してくる前に、これまでの構造改革を正当に評価したうえで、日本の進路を正しい方向に向かわせるためのトータルな経済社会ビジョンの提示が求められているといえます。
そうした危機意識・問題意識を念頭に、これまでの構造改革路線では後回しにされてきたが、大変重要な問題である「国民生活の再建・安定化」をどうはかっていくかをテーマとして、構造改革とのかかりを念頭に置きながら、社会の活力回復と経済活性化の好循環を創り出すべく、雇用や福祉のあり方をトータルに論じようとしたのが本書です。
イギリス、スウェーデン等、近年における欧米の福祉国家を巡る変遷の経験を踏まえれば、新しい日本社会の基本理念となるべきものは、勤労による「自立」を基本とした新しい福祉の考え方である「ワーク・フェア」です。これを基軸とした経済社会ビジョンを提示することで、経済と社会、成長と福祉を両立させる途が拓けるのではないか、というのが筆者の考えです。
そうした認識に基づいて、本書では、国民生活安定化のためのトータルな制度・システムの設計から、新しい経営・人材マネジメントのあり方、そして職業人としての「自立」を社会的にどう促していくかまで、「ワーク・フェア」というコンセプトに基づいた“日本改革の青写真”を体系的に提示します。
序 章 「値下げ・賃下げの罠」に陥った日本経済 第1章 いかにして「値下げ・賃下げの罠」に陥ったか 第2章 「値下げ・賃下げの罠」下の企業行動様式 第3章 国際比較からのインプリケーション 第4章 「値下げ・賃下げの罠」を破る政策大転換 終 章 賃下げを実現する経営戦略