日本経済の明日を読む 2011

みずほ総合研究所著
2010年11月26日 発売
定価 1,650円(税込)
ISBN:9784492395431 / サイズ:サイズ:四六判/ページ数:200

【はじめに】より




再び減速する世界経済


2009年春以降回復基調にあった世界経済が再び減速している。その背景の1つに、いままで行われてきた経済政策の息切れがあるが、10年春以降のギリシャの財政赤字問題をきっかけとした金融市場の急落から、とりわけユーロ圏では財政緊縮の度合いを強めている。ギリシャでは、死者が出るほどの激しいデモやストが頻発しているにもかかわらず、マイナス成長が続いているなかで、大幅な増税や歳出抑制が進行している。フランスでも、全国的なストが行われるなかで、財政健全化の一環としての年金改革法が可決された。経済成長が低迷し、失業率が20%に達するスペインでも、政府は11年の財政赤字をGDP比5%圧縮する方針である。



景気が減速しつつあるなかで経済政策の効果が一巡しているのは米国も同じである。米国では、失業率が9%台半ばで高止まりしているうえに、新築と中古の住宅販売が盛り上がらず、先々の住宅価格も下落傾向にある。しかも、09年2月に成立した総額7870億ドルの10年間にわたる景気刺激策も、10年後半以降は規模が縮小し、景気に対してはむしろ押下げ要因となっている。米国の景気低迷は持続しそうであり、米国では低成長時代の到来を指す「ニューノーマル」という表現が一般化しつつある。



中国経済も減速が続いており、この2年間輸出減少のなかで景気を支えてきた4兆元の景気刺激策も年内で終了する。一方で、10年9月に、3軒目以降の住宅取得にはローンを一切認めないといった追加的規制強化が行われたほか、10月には利上げも行われ、住宅価格の上昇を抑制しつつある。しかし、不動産バブルを生じさせない対策は必要としても、やりすぎれば景気を減速させてしまいかねない。



日本経済も、政策面を含めて減速材料が目白押しとなっている。エコカー補助金の支給終了で、自動車販売は激減している。また、円高と海外経済の減速も輸出鈍化につながっている。さらに、6月から支給されている子ども手当の消費下支え効果も一巡しつつある一方、11年からは所得税の扶養控除が廃止・縮小され、消費は一段と落ち込むことが見込まれる。



盛り上がりに欠ける消費や円高などで、企業の元気もない。設備投資は底入れしつつも大きく回復する様子はうかがえない。それどころか、急激な円高で海外への生産拠点移転を検討する企業も増えている。また、政府の「企業行動に関するアンケート調査」をみても、上場企業が見込む今後5年間の年平均実質経済成長率はプラス1.3%に過ぎない。これでは、国内の設備投資が盛り上がることは大して期待できない。


大恐慌期と類似点がある世界経済


現在の世界経済および日本経済のような、景気回復が緩やかな一方で主要国が財政健全化を図る状況は、あたかも1930年代の大恐慌期に類似している。とりわけ、米国では、大恐慌から回復しつつあった37年後半に大幅増税、金融引締めなど財政・金融政策の転換を図ったことで急激な景気悪化が生じた。



この大恐慌による景気低迷、デフレや財政赤字を最終的に吹き飛ばしたのは、戦争であった。しかし、今回は戦争などない。当然、財政健全化を軽視することはできず、政策手段が限られる先進国では景気回復と財政健全化をいずれも地道に時間をかけつつ進めていくしかないようにみえる。



もっとも、現在の世界経済には、大恐慌期にはなかった大きなプラス材料もある。それは中国を中心とした新興国の高成長である。しかも、人口が多く、成長力もある新興国の高成長は当分持続しそうである。そうであれば、日本を含む先進国としては新興国の高成長をいかにみずからの経済成長に取り込んでいくかが大きなポイントとなろう。



一方、先進国としては、みずからの経済活力の回復にも取り組まねばならない。鉱物・エネルギー資源に乏しい多くの先進国にあるのは、技術と人的資源である。中国等新興国の産業高度化も著しいことから、先進国経済の復権は新興国との差別化をさらなる産業差別化と人材開発で図る以外にはない。80年代に日本企業に追い上げられて、やがてパソコンやインターネットによるIT革命などで差別化を図った米国企業の例を参考にするまでもなく、産業差別化は大きなイノベーション、画期的なビジネスモデルの開発、新たなグローバルスタンダードの定着、などで達成される。



先進国がこのような大きな枠組みで新興国と差別化するためには、教育の一層の充実にも注力しなければならない。ちなみに、スイスのシンクタンクIMDが毎年発表している国別の国際競争力と平均就学年数のあいだには高い相関性がある。IMD指数に教育関係の項目があるので割り引いて見る必要があるものの、教育水準が高いほど国の国際競争力も高い傾向が示されている。




日本は成長と財政健全化の両立ができるか

目を日本に転じてみよう。エコカー補助金の支給終了といった政策一服などを背景とする景気減速に対して、政府は補正予算を編成しつつあり、日銀は思い切った金融緩和を打ち出した。しかし、財政制約がますます強まり、すでに超低金利状態にあるなかでは、景気刺激策や金融緩和策の効果は限定的と見ざるを得ない。どうしても、長期的に日本経済を活性化させる新成長戦略の前倒し実行が不可欠である。



ところが、衆参両院での「ねじれ」などから政治的には停滞局面が長引く懸念もある。「いまこそ政治的にリーダーシップを発揮して、経済を活性化させる大胆な財政改革などを断行すべき」との意見は多い。しかし、財政の制約などから、政治的リーダーシップは、新たな政策を追加的に行うことだけではなくスクラップ・アンド・ビルドを図ることにも発揮されなければならない。すなわち、必要とされてきた施策も最優先でなければ取りやめる果断な実行力が求められている。果たして、厳しい政治状況にあって政治的リーダーシップが発揮されるのか、景気と並んで大きな課題である。



日本経済では、企業の競争力が回復するかも大きな課題である。欧米のみならず韓国の企業と比較しても、日本企業の利益率は低く、とりわけ中小企業の体力は弱い。需要不足が大きい日本経済では、需要の回復が経済活力の回復に結びつく。しかし、需要を全て国が支えることができない以上、雇用賃金を通じて消費を支える企業の活力増は避けて通れない。



さらに、地方経済の活性化も引き続き大きな課題である。とくに、地方では、工場は海外に移転し、人口減少も進んで厳しい経済情勢にあるところが多い。製造業に雇用吸収力がさらに失われるなかでは、いかに非製造業中心に雇用を創出できるかが大きな焦点である。それは、公共事業など公的支出による地方経済の下支えがますます難しくなる状況では、地方経済の自立に向けた動きと見ることができ、ぜひとも達成しなければならない課題でもある。



2011年への不安と期待

さて、2011年はどのような年になるのであろうか。まず、財政緊縮は続き、先進国経済は減速しよう。IMFは、11年の世界経済は財政緊縮でGDPが1%下押しされると試算しており、とりわけ先進国経済への下押しは1.3%としている。さいわい、世界経済の回復が緩やかとはいえ、この程度の下押しでは世界経済が二番底に陥ることにはならない。しかし、財政緊縮の影響次第では、とりわけ11年の先進国経済の成長は楽観できない。



一方、新興国の高成長は持続することとなろう。やはり、注目は中国経済である。「西部大開発」プロジェクトのほか、環境・省エネ関連やバイオなどの「戦略的新興産業」を対象にした投資促進策も実施され、投資の落込みは回避されることとなろう。そして、11年にかけて中国の実質GDPは9%程度の高い成長を維持することとなろう。



日本経済も、10年度下期にかけて景気が一時的に停滞する「踊り場」に向かうこととなろう。しかし、11年度には、中国の高成長などに支えられて輸出が勢いを取り戻し、それが内需に波及することとなろう。もっとも、一層の円高進行や成長戦略や税制改革の先行きなど、景気展開への懸念はいくつかある。



本書は、内外経済金融の現状を分析したうえで、11年の展望を示すものである。そして、例年のように、みずほ総合研究所の多くのエコノミスト、研究員がそれぞれの専門分野での知見と分析力を合わせて、具体的な見通しや課題を提示している。



今年の本書の大きな特徴は、従来からの内外経済の現状分析と見通しに加えて、日本経済を読み解くのに重要と思われる10項目を抽出し、個別にみた点にある。そして、成長戦略への期待は叶えられるのか、デフレはいつまで続くのか、財政危機は訪れるのか、増税と成長の両立は可能か、中小企業は蘇るのか、など詳しく分析した。
10年が金融危機からの回復を明確にするかが問われた年であったとすれば、11年は、大恐慌期と類似するように見える主要国の財政緊縮がどのような経済展開を世界にもたらすかが明確になる年となろう。経済動向のベクトルは10年とは逆方向であり、あまり明るい年となるようにはみえない。そして、10年に引き続いて、先進国経済と中国を中心とした新興国経済との二極化が際立つのか、あるいは新興国経済の成長までが減衰するのか、不安と期待が入り混じる年となろう。例年同様、どのような展開を見据えるのか、我々の分析と見通しが読者の皆様のお役に立てば何よりの幸いである。



最後に、本書の作成に当たっては東洋経済新報社出版局編集第1部の高井史之氏、須永政男氏に全面的にお世話になった。毎年のことではあるが、お二人の助力がなければ本書はでき上がっておらず、この場を借りて深く御礼申し上げたい。



みずほ総合研究所株式会社

専務執行役員チーフエコノミスト

中島厚志

 

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概要

激動の日本経済は来年どのようになるか。内外経済、マーケットに対する具体的な予測に基づき、日本経済をめぐる10のポイントについて詳細に解説する。

目次


第1章 内外情勢の回顧と現状
第2章 2011年の内外経済・マーケットを読む
第3章 日本経済を読み解く10の着目点

 

著者プロフィール

みずほ総合研究所

みずほ総合研究所は、みずほフィナンシャルグループのシンクタンクとして、内外の経済・金融・財政に関する調査ならびに政策提言、PFI等の地域開発・社会政策に関連する調査業務、経営コンサルティング・年金コンサルティング・経営情報の提供業務、会員制サービス事業、セミナー・企業内研修・通信教育等の教育研修事業と、多様な業務を行っている。これらを有機的に結合させ、高度化する顧客ニーズに的確かつ迅速に対応し、付加価値の高い情報・サービスを提供することを事業の目的としている。