榊原英資氏による日本経済論です。本書の基本的メッセージは、日本経済はすでに「成熟期」にあることを国民が受け入れ、成長が止まっても十分に豊かな国である日本が世界に誇れる「環境」「安全」「健康」といった“資源”を生かす「成熟戦略」を考えるべき、というものです。
官僚トップの経歴を持ち、世の中の流れをよく理解している筆者だからできる平易な表現で、グローバリゼーションが恒常的デフレの要因である理由、アベノミクスの「成長戦略」が復古主義である理由、日本人が成長メンタリティから抜けきれない理由、賃金低下や格差拡大が進む理由を、「なるほど」とうなずけるように解説しています。
また、今後の成熟社会の生き方を考えるヒントとして日本史上で成熟期を迎えた江戸時代後期の例の紹介や、スペシャリストの時代到来を予想するなかで榊原氏自身のスペシャリストとしての経歴に触れているなど、読者とって興味深い内容になっています。一気に読み通せて、成熟社会をこれからどう生きるべきかと読者自身に考えさせる一冊です。
日本経済は、アメリカ経済に追いつけと、モーレツサラリーマンによるあくなき量的な拡大競争が続けられたことで、高度成長期、それに続く安定成長期を経験してきました。しかし、1990年代後半に安定成長も終わりました。「失われた20年」と呼ばれる日本経済に訪れた変化を筆者は「停滞」ではなく「成熟」と捉えています。もう「全体が成長していく中で、自分が他の人たちよりも早く、より大きく成長するためにはどう努力すすべきか」という発想ではなく、「これまでの経済成長の果実である豊かさを、どう活かしていくか」という発想を持つ時代です。
個人レベルでは、
○6時には帰るようにして、
○その後の時間を社外のネットワークづくりや語学の勉強に使う
○さらには1カ月以上の休暇をとって
○豊かな日本の自然を謳歌する旅行に出掛ける
○働き方では従来のゼネラリストではなく、自分にあった分野のスペシャリストをめざす
――などをとりあえずやってみる。その結果、さらなる豊かさにつながるということが考えられます。
国家レベルでは、
○グローバルな時代に適した人材を育て、
○国民の長期休暇取得を促進できるように、長期滞在が優遇される制度の導入や宿泊インフラ整備の支援をする
その結果、豊かな自然と健康的といわれる日本食を楽しみたいという海外から旅行者を増やすことにつながり、
○観光黒字国になる
――といった成熟戦略も考えられます。