【編集者から】
全国で1000以上ある土地開発公社の保有地の8割弱は5年以上も利用されない塩漬け用地であり、不良債権化している。土地公社保有地を「地域再生の場」として利活用することによって地域活性化を図りつつ、景気回復と地方公共団体の財政健全化に資するため道筋を示す。地方公共団体と土地開発公社の関係を踏まえた、体系的かつ総合的な分析。
はじめに
米国発の「100年に1度の信用収縮(once-in-a-century credit tsunami)」が、全世界の実体経済を揺るがしている。日本経済は、世界的な金融危機と同時不況が深刻化する中で株安、需要減退と円高の直撃を受け、2008年秋以降、国内の企業収益は予想以上の速さで急激に悪化し、経営不振が顕在化し、倒産も前年比11.0%増の1万5,646件と5年ぶりの1万5,000件超えている。その結果、2008年10~12月期の実質国内総生産(GDP)は、年率12.7%マイナスとなり、第一次オイルショック時(1974年1~3月期)の13.1%と史上2番目の悪化となった。日本の落ち込みは、米国の3.8%、ユーロ圏の6.0%と欧米と比較して突出しており、内需外需とも総崩れの状態にある。2009年1月、オバマ新政権誕生した。2月には7,870億ドル(約72兆円)の景気対策法案に署名し、「きょうは経済復興への第一歩だ」としたものの、金融不安が根強く、2月23日の株価は7,114ドル78セントと1997年5月以来、11年9カ月ぶりの安値水準まで落ち込み、依然として低迷している。その影響を受け、日本の株価(2月24日)も一時バブル崩壊以後安値の7,155円16銭まで下落し、企業業績の悪化、倒産、雇用不安の拡大と景気の先行き不安などから、消費者心理が急速に冷え込んでいる。エコノミストの間では、2009年、2010年もマイナス成長を予想し「戦後最大の経済危機」と位置づけている。
このような厳しい経済状況の中で、地方公共団体(以下「地公体」という。)は、三位一体改革による地方交付税の減少に加え、企業業績の悪化と地価下落が直撃し、今後、法人二税の減少と固定資産税等の減少から、一段と厳しい財政運営に強いられることが予想される。
その一方、地公体は庁舎、公共施設、土地開発公社(以下「土地公社」という。)用地など多くの公有地を保有している。しかし、その利活用については、それほど進んでいない。特に土地公社用地は、その約8割が5年以上も利用されない塩漬け用地であり、金利負担から財政悪化の一因となり、公的不良債権化している。
その土地公社の研究に関しては、多種多様な論文があるが、その多くは第三セクターの一部として構成されているだけであり、土地公社を体系的且つ学術的に整理分析した研究書はほとんどない。筆者は、不良債権化した土地公社保有地は、全国どこにでもあることから、それを地域再生の場として利活用するによって地域の活性化を図りつつ、景気回復に結びつけ、財政健全化に資することができないものかと考えていた。また、土地は、国民のための限られた貴重な資源であり、国民の諸活動にとって不可欠の基盤である。その認識から、「土地については、公共の福祉を優先させるものとする」(土地基本法第2条)とした土地利用の公共性との関連性を踏まえつつ、個人的な関心から組織とは別に土地公社問題の研究を進めてきた。
本研究は、そうした問題意識から、経済実態を踏まえつつ、第三セクター等の一つである土地公社だけに照射し、その実態を地公体関係者の協力を得ながら、第一次資料とデーターを基に実証分析している。そして、土地公社保有地を地域再生の場として、公有地の利活用の観点からどのような方法により、厳しい財政事情にある地公体財政を健全化に資するかを取りまとめている。
日本経済がバブル経済崩壊以後、10年以上にわたる不良債権処理と不況の長期化に苦しんでいた。そのため、最初、2002年7月に景気回復の処方箋の視点から「経済再生・雇用創出のための定借PFI活用~公的住宅と土地開発公社を中心として~」(地方財務)を公表した。その中で国有地・公有地を利用した経済波及効果と雇用者数を試算し、景気と雇用に速攻性のある事業手法の一つとして定借PFI(筆者の造語 商標登録済み)活用を提言した。
続いて、2004年6月24日週間住宅、7月13日朝日新聞の私の視点「土地開発公社 法律改正で貸付機能を」の中で、地公体は土地公社用地にかかる重い金利負担や維持管理費で財政が圧迫されるとして、「公有地の拡大の推進に関する法律(以下「公拡法」という。)」(昭和47年法律第66号)の17条の取得、造成、その他の管理及び処分の条文に貸付業務を加える改正を行うべきであると提唱した。その提唱が一部受け入れられ、同年12月に公拡法の一部改正により、貸付が認められ、自主事業である造成地に事業用借地権が設定できるようになった。それを踏まえて、2005年12月には「地方自治体の公的不良資産 土地開発公社の現状と課題」(地方財務)において、土地公社の業務と実態を明らかにし、用地取得における土地公社、地公体、金融機関との関係とその枠組みを整理した。公拡法の一部改正により、貸付が認められことについては、大きな前進と評価しつつも、2号用地の造成地(全体の15%)だけに限定するのではなく、地公体が最も苦しんでいる先行取得事業(全体の85%)である1号用地も認める必要があるとして、改めて公拡法第17条の改正を提言した。また、国有地・公有地の貸付においては、貸付期間が問題となるために、国有財産法の改正を2006年1月「定借PFIの実践スキームとその課題」(定借NOW29号)及び2007年2月25日朝日新聞私の視点「デフレ対策 公有地再生 定借・民活で」において提唱している。
さらに、2007年11月「地方財政の再建施策 土地開発公社健全化債の創設の提言」(地方財務)において、地方財政再建の視点からその施策の一つとして土地開発公社健全化債の創設を提言した。
本書は、上記研究論文を基礎とし、新たな項目を加えて、法的規制のある土地公社の全体像をデーターに基づいて地公体別、時系列別に分析・把握し,共通の課題と固有の問題を明らかにし、土地公社の実態を実証的に追求・解明している。その結果を踏まえつつ、理論的な背景を整理しながら,実態把握と問題点の抽出を通じて,解決策の一つとして「土地開発公社健全化債」の創設を提言している。また、同健全化債の対象先を土地公社だけでなく、地公体の財政健全化のために第三セクター等まで拡大することをも提唱している。
本書の構成は,全体として9章からなっている。
第1章は,土地公社がどのような背景で設立された経緯と趣旨、並びに時代の変化とともにその業務内容が改正されているので、それについてまとめている。
第2章は、土地公社の業務とその実態を明らかにする観点から、法的規制と最新データーを地公体別に時系列的にさまざまな角度から整理分析し、また同公社の経営状況を詳述している。
第3章は、日本経済のグローバル化、少子高齢社会、景気悪化などから地公体を取り巻く外部環境は大きく変化し、歳入減歳出増の財政構造から厳しい財政運営を強いられている。そのため、地公体の財政実態、地公体の財政悪化の一因である第三セクター等の経営状況、金融機関における土地開発公社取引においての影響を解説している。
第4章では、地方債制度が平成18年4月に「許可制度」から「協議制度」に移行しているので、その仕組みと内容を概説している。併せて公社債の種類と内容に付いて紹介している。
第5章は、公会計制度の導入から現在に至るまでの地方と国の取組み状況を概観し、総務省が提示している基準モデル総務省改定方式モデルについて詳説し、併せてその実効性を担保する監査制度についても説明をしている。
第6章は、地公体の財政再建制度が50年ぶりに見直され、平成19年6月に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律(以下「地方財政健全化法」という。)」(法律第94号)が成立し、再建法は廃止された。同法律の成立過程と4つの財政指標(実質赤字比率、連結実質赤字比率、実質公債費比率及び将来負担比率)と資金不足比率の枠組みとその内容について、詳解している。
第7章は、土地公社の経営が著しく悪化してきたこともあり、総務省から一層の業務運営の適正化と経営健全化の観点から不良資産の縮減とその対策を促した「土地開発公社経営健全化対策」が3次にわたって出されている。その内容と経営健全化計画について説明し、その成功事例の一つとして、土地公社経営健全化団体の1号に指定された川崎市土地公社を紹介している。
第8章は、土地公社の経営悪化により、法的整理の一つである特定調停について解説し、それを実施した和歌山県土地公社の事例を紹介している。また、土地公社の持つ先行取得の意義が地価下落から薄れたとして、解散を行った八王子市、熊本市及び神奈川県土地公社の事例を具体的に紹介している。
第9章は、土地公社用地が「塩漬け用地化」し、公的不良資産となり、地公体の財政悪化の一因となっている。地方財政の自力再建策の一つとして資金面から直接支援する「土地開発公社健全化債」の創設を提言したものであり、それに至るまでの経緯と具体的な内容を詳解している。
本書を執筆するにあたっては、北上市の伊藤彬市長、富士宮市の小室直義市長、上田市の母袋創一市長からは、ヒアリングを行い、関係資料についても担当者を通じて多大なご協力いただいた。また、本書で提言している「土地開発公社健全化債」の考え方は、弁護士でもある原田義昭衆議院議員(前財政金融委員長 福岡5区)と3市長との議論の中から生まれたものである。さらに、土地公社の解散の内容と手続きについては、八王子市の黒須隆一市長、熊本市の幸山政史市長にご協力をいただいた。
このように自由に研究活動ができたのも、日頃より暖かい理解を示してくれている三菱総合研究所の中村喜起副社長、鎌形太郎地域経営研究本部長のお陰であり、感謝する次第である。
本書が、このような形でとりまとめられたのは、財政学は故佐藤進東京大学教授、筑波大学大学院において、田島裕教授、奈良次郎教授、吉牟田勲教授、安藤次男教授から法理論、民法、税務会計をご指導いただいたことにより培われたものである。心から感謝の意を表したい。さらに、喜寿を過ぎても今なお学問に対して情熱を注いでいる恩師である櫻井毅武蔵大学名誉教授には著書を通じて刺激を受けており、この場を借りて感謝したい。
本書が、関係官庁、地公体、専門家、研究者の皆さんに多少なりとも参考になり、財政健全化、関連研究や政策立案などの手がかりを提供することができれば幸いである。意をつくして書いたつもりであるが、不十分なところがあろうかと思う。記述した内容についての責任は、すべて筆者個人にある。読書の方々からご指摘、ご叱正をいただければ、まことに幸甚である。
厳しい出版事情のなか,本書の公刊に際しては、東洋経済新報社出版局の村瀬裕己氏に大変お世話になった。心よりお礼申し上げたい。
「あの山の麓に沼がのびていて、これまで拓いた土地を汚している。あの汚水の濁りにはけ口をつけるというのが、最後の仕事で、また最高の仕事だろう」(ゲーテ「ファウスト」)
2009年2月26日
著 者
第1章 土地開発公社制度の概要 第2章 土地開発公社の実態分析 第3章 土地開発公社を取り巻く外部環境変化 第4章 地方債制度と公社債 第5章 公会計制度 第6章 地方財政健全化法 第7章 土地開発公社の経営健全化対策 第8章 土地開発公社の特定調停と解散 第9章 土地開発公社健全化債創設の提言