企業年金マネジメント

箱田 順哉監修/宮田 信一郎著
2011年11月5日 発売
定価 3,080円(税込)
ISBN:9784492701348 / サイズ:サイズ:A5判/ページ数:216


はじめに



 



企業年金の運営責任は、経営者が負っています。その責任を果たすために、経営者は、まず自分自身が負っている責任を正しく理解する必要があります。本書は、1企業が年金制度を実施するとはどういうことなのか、2年金制度の運営において、企業は、どのようなリスクを認識しなければならないのか、3そのリスクに対応するために経営者は何をすべきか、という問いに答えることをテーマとしています。



本書では、確定給付型の企業年金を保険の仕組みを応用した企業の生活保障制度の1つと捉え、保険者という観点から経営者の責任を考えます。年金制度の運営によって企業が認識すべきリスクは、生命保険会社が抱えるリスクと同じです。大げさに表現すれば、経営者は、従業員を対象に小さな生命保険会社を経営しているという認識をもつ必要があるでしょう。そこで、本書は、経営者が年金制度の運営体制を構築するうえで、金融庁の保険検査マニュアルが有効なツールとなることを提案します。



企業年金制度の運営においても、関係者の間でフレームワークを共有化することが重要です。経営者は、本業と同様に制度の規模と内容に相応しいガバナンス、リスクマネジメント、内部統制を構築し、その運営状況を監督しなければなりません。「何をすべきか」と同時に、「なぜ、その必要があるのか」を正しく理解することが大切です。そのために本書では、ガバナンス、リスクマネジメント、内部統制の概念について、その基本的な考え方に立ち返りながら、関係者において共有すべき「理解の枠組み(フレームワーク)」を明らかにします。組織全体が共通の理解に立つことによって、経営者は、企業年金に係る者の役割、責任、権限を適切に定めることが可能となり、その実施を有効にコントロールすることができます。



本書では、企業年金の今後のあり方を考える際の前提として、年金財政、資産運用の基本となる確率・統計の考え方と、日本における退職金・企業年金の発展の歴史を簡潔にまとめました。保険や年金、資産運用に関する標準的な理論は、17世紀に欧州で誕生した確率や統計についての考え方にもとづいています。不確実性の中で少しでも安全で確実な選択をしたいというニーズが、確率や統計に関する理論と技術の発展を促しました。「信念と確信の度合い」という主観確率の考え方は、リスクを認識し、どのリスクにどのくらいの備えをするかを決定するのは、経営者の責任であることを示唆しています。



企業年金にとって最大のリスクの1つは、不測の事態によって年金業務を継続できなくなることです。そこで、本書は、災害や事故などによる業務の中断から早期の復旧を目指すBCP(事業継続計画)の考え方を紹介します。



日本の企業年金の大部分は、退職金が形を変えたものです。企業年金は、退職金とともに、従業員の企業に対する忠誠心と熟練を囲い込むための仕組みとして普及しました。本書では、明治期の資本主義勃興期から現在に至るまで、退職金と企業年金が日本の企業社会の中で果たした役割を考えます。



2011年3月の東日本大震災によって、日本の経済と社会は新しいステージに入っています。超高齢化社会を迎えて、経営者は、高齢者の雇用のあり方と年功賃金制度を見直す必要に迫られています。企業年金にどのような役割を期待するのか、それは企業ごとに違うでしょう。厳しい経営環境の中において、現行の制度を維持していくためには、企業年金の存在意義を明確にする必要があります。



年金業務は、金融機関や官公庁における事務処理と同様に、正確に行って当たり前の地味な仕事です。しかし、正しく行って当然なことを常に正しく行い続けることは容易ではありません。企業年金を支えているのは、日常の業務運営を担当する現場の力です。本書が、経営者、上級管理職の企業年金に対する関心と理解を深め、企業年金の現場力をさらに高める一助になれば幸いです。



本書は、企業年金の日常の業務運営の中から生まれました。本書の大部分は、基金の役員、母体企業の上級管理職と担当者に向けて著者が作成した報告書や説明資料がそのベースとなっています。それらの資料を作成するにあたっては、年金数理人、公認会計士、弁護士、コンサルタントをはじめ信託銀行や生命保険会社の専門家の方々から数多くのご教示、ご指導をいただきました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。



なお、本文中の意見に関する部分は著者の個人的な見解であり、著者の所属する組織・法人のものでないことをあらかじめお断りしておきます。



 2011年10月            宮田信一郎


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概要

企業年金の制度、事業、日常業務の側面から企業年金を平易に解説。さらにガバナンス、リスクマネジメント、内部統制の3つの切り口から具体的な企業年金運営・設計事例で紹介する。

目次


第1章 企業年金とは何か
第2章 年金の仕組みを理解する
第3章 企業年金の仕事を理解する
第4章 ガバナンスを強化する
第5章 企業年金のリスクに備える
第6章 内部統制を整備する
第7章 監査は企業年金を強くする
第8章 企業年金の存在意義を考える

著者プロフィール

<監修者紹介>

箱田順哉
はこだ じゅんや

プライスウォーターハウスクーパース パートナー、あらた監査法人代表社員・公認会計士(内部監査業務および内部監査・内部統制、コーポレート・ガバナンス、リスクマネジメント等のコンサルティング業務に従事)。
慶應義塾大学大学院特別招聘教授(内部監査論)、内部統制研究学会理事。

[著書等]
『テキストブック内部監査』(単著、東洋経済新報社)、『企業グループの内部監査』(単著、同文舘出版)、『会計専門家からのメッセージ─大震災からの復興と発展に向けて』(共著、同文舘出版)、『内部監査実践ガイド』『持株会社の実務』『コーポレート・ガバナンスと経営監査』『新しい経営監査』『内部監査ハンドブック』『アメリカの会計原則』『国際会計基準ハンドブック』(いずれも共著、東洋経済新報社)、『全社的リスクマネジメント フレームワーク篇』『全社的リスクマネジメント 適用技法篇』『ビジネスリスク・マネジメント』(いずれも共訳、東洋経済新報社)ほか

<著者紹介>

宮田信一郎
みやた しんいちろう

1976年慶應義塾大学経済学部卒業、同年株式会社博報堂入社。
社長室、経営企画室にて経営戦略・管理会計制度の立案に従事。20世紀後半の広告会社のビジネスモデル「マーケティング・エンジニアリング」を発案。
1983年から博報堂ドイツ管理部長。欧州各地の営業拠点の設置、管理体制の構築及びM&Aに従事。1991年帰国。グループ事業総括局長、経理財務局長、監査室長(博報堂DYホールディングス監査室長を兼務)を歴任。
現在、博報堂企業年金基金常務理事。
公認内部監査人(CIA)、公認不正検査士(CFE)

[論文]
「国境を越えるテレビ」(雑誌『広告』に6回連載、1992年) 「関係会社監査において内部統制システムの有効性および妥当性の評価をどのように進めるか」『月刊監査研究』2005年11月号(日本内部監査協会優秀論文)