担当記者より
特集「沸騰!医療テックベンチャー」を担当した長谷川隆です。体長1ミリメートルほどの「線虫」が、尿中のがんのにおいを識別できる。スマホのゲームで子どものADHD(注意欠陥・多動性障害)を治療する。通院しなくても禁煙治療がアプリでできる…。医療の世界で、かねて「あったらいいな」と思われていたことが、いよいよ現実になってきています。
この10年ほど、バイオ・医療分野の技術の進歩は目覚ましいものがあります。
身近な例では、新型コロナウイルス感染症が、なぞの感染症として登場してから、短期間で解析が進み、ウイルスの構造や特質が次々と明らかになりました。新型ウイルスが確認されてから、わずか1年でワクチンが実用化されました。
新型コロナに限らず、病気の予防や発見、診察、治療などで、多くの進歩があります。
なぜ、バイオ・医療分野でこうしたことが可能になっているのか?
まず、DNAシーケンサー(遺伝子解析装置)の進化です。遺伝子情報はDNAを構成する4種類の塩基の配列で表現されますが、DNAシーケンサーはこの配列を読み取ります。膨大な配列情報の解析にはITの手助けが必要ですが、ソフトウエアの能力が上がりました。クラウドサービスの登場で、スタートアップもこの分野に参入しやすくなりました。
1つ目と関連しますが、ITとの融合は、タンパク質の立体構造のシミュレーションが、早く、安く、正確にできるようになっています。医薬品の候補物質をつくるには、病気の原因を阻害するようなタンパク質をつくる必要がありますが、ソフトウエアの能力向上で、このタンパク質の設計図を描きやすくなりました。
3つ目は、AI(人工知能)です。膨大な画像情報や文献情報を短期間で処理し、実際に役立つようにまとめる作業にAIは向いています。例えば、これまで人の目で見ていた内視鏡の画像をAIで読み込ませ、健康な組織・細胞と、病気との違いを学習させれば、スピードアップが図れます。
そして、健康や医療は、じつはスマートフォンとの連動性がよいことです。スマホの能力が上がり、バイタルデータ(血圧、体温、脈拍などの生態情報)の測定や治療に使えるアプリが次々と開発されています。スマホに高機能なアプリを組み入れることで、大がかりな測定・治療器具が不要になりつつあります。スマホアプリはもともとスタートアップが得意とする分野で、ITとヘルスケアとの融合が進みやすい。
こうした世界を、ITの巨人たちも黙って見ているわけではありません。グーグル、アップル、アマゾンはもちろん、中国勢も医療テックビジネスに潤沢なお金をつぎ込んでいます。医療・バイオ領域に対する世界の投資額は10年前から5倍にも伸びました。
今回の特集では、国内で有望視されているバイオ・医療ベンチャーも紹介しています。沸騰中の医療テック業界の熱を感じ取っていただけると幸いです。
担当記者:長谷川 隆(はせがわ たかし)
東洋経済記者。
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