担当記者より
特集「日銀 宴の終焉」を企画した副編集長の西澤佑介と申します。
「黒田総裁は何故これほどまでに頑ななんでしょうか。ご本人も思考停止しているのでしょうか?」。先日、70歳を超す私の父が、唐突にそんなメールを寄こしました。物価が上がっても金融緩和を続ける姿勢を報じる、週末朝のニュース番組を見て気になったのだといいます。
この点は父だけではなく、最近の日銀をめぐる報道に触れた多くが感じている印象なのではないでしょうか。しかし2017年に「週刊東洋経済」で黒田総裁の人物ルポを連載し、そして今回の日銀特集の取材を通じて私が感じた黒田総裁の姿は、「頑な」「思考停止」とは少し違います。
実は、黒田総裁は一連の異次元緩和の政策のうち、全てに乗り気だったわけではありません。当時を知る日銀関係者から聞くに、ETF(上場投資信託)の買い入れ拡大にはネガティブな意見を持っていました。市況が悪化すると、買い支えを求める声に押されてどんどん購入額が膨らむ可能性があると黒田総裁も懸念していました。ただ株価上昇を成果目標と見なしていた安倍晋三政権からの「圧」には逆らえなかったようです。
「ハロウィン緩和」で知られる2014年10月の追加緩和も、黒田総裁がというより、当時の岩田規久男副総裁が主導したものだったことが、本特集で岩田さんご本人の口から語られています。この年の春に行われた消費増税を擁護する発言をした黒田総裁に、リフレ派経済学者である岩田規久男副総裁は強い不満を抱き、景気が腰折れする前に、追加緩和の決定を求めたということです。
黒田総裁は、日銀で先陣を切ってインフレ目標政策に猛進したリーダーの姿ではない。日銀政策委員会を占めるリフレ派委員と、政権からの圧力、金融緩和の限界と副作用、それぞれのバランスをとりながら、何とか目的とする物価上昇率2%という責任を果たそうとした、1人の公僕だったと言っていいかもしれません。
本当は、黒田総裁は1期で総裁を降りるつもりでした。政権元幹部や日銀元職員によると、黒田総裁のこの意向を受け、安倍政権が後任として考えたのは安倍政権の経済アドバイザーだった本田悦朗氏でした。この人事案に動揺したのが、日銀関係者や政府(特に財務省)。黒田総裁は周囲から再任を引き受けるよう必死に翻意を促され、結局、2018年4月から2期目が始まりました。
慰留されてやる形になった2期目の5年の日々を、どのような心持ちで臨んでいたのか、その心中は推量できません。しかし、黒田総裁に仕えたある日銀元幹部が言うには、そのメリットのない重責を引き続き受けたことは、「黒田総裁のパブリックサーバント(公僕)としての高い意識の為せるわざ」だったと話します。
黒田さんの話ばかりになってしまいました。そんな黒田さんの任期も、あと2か月余り。残念ながら「立つ鳥跡を濁さず」とはいきませんでした。異次元緩和の後始末をどうつけるか。本特集では、2023年4月に就任する日銀新総裁を待ち受ける試練や、今後の日本経済、株式市場のシナリオなどをくわしく解説しています。元日銀理事の座談会、前総裁の寄稿論文、と特別企画も盛りだくさんの完全保存版です。
担当記者:西澤 佑介(にしざわ ゆうすけ)
東洋経済 記者
1981年生まれ。2006年大阪大学大学院経済学研究科卒、東洋経済新報入社。自動車、電機、商社、不動産などの業界担当記者、19年10月『会社四季報 業界地図』編集長、22年10月より『週刊東洋経済』副編集長
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